《 第4章 美結 ひと夏の恋心 》

夏の夜、初めてベビードールを彼の前で着る前日。
——期待と不安が重なり、美結の胸に小さな熱が宿っていく。

25歳のランジェリー店員・美結。

彼との初お泊まりを控えた7月の夜、
ベッドに置かれた白・黒・赤のベビードールを前に、
何色が正解なのか迷っていた。

プロの知識があっても、恋に臆病な心は正解を選べない。

期待と不安が交差する中、色を選べない夜の揺らぎを描く物語。

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専門職としてのプライドと、一人の女としての臆病

7月、東京の夜は湿り気を帯びた熱風が街を包み込んでいる。美結は、自室の冷房を少し強めに設定し、ベッドの上に広げられた「戦装束」を眺めていた。

彼女の職業は、ランジェリーショップのフィッティングスタッフだ。
毎日、数え切れないほどの女性たちの肌に触れ、その体型や悩みに合わせた最適な一着を提案している。「このレースの透け感なら、お客様の肌の白さがより際立ちますよ」「特別な夜なら、あえて背中の開いたデザインで驚かせてみては?」——そんな言葉を、プロとして淀みなく口にしてきた。

けれど、いざ自分のこととなると、その知識も経験も、夏の夜の湿気に溶けて消えてしまう。
「25歳、初めて彼氏の前でベビードールを着るときの、夏のやわらかな不安」。
その正体は、半年付き合った彼と初めて迎える「お泊まり」という現実だった。プロとして完璧なものを選びたい自分と、恋愛になると極端に臆病になる、素顔の自分が激しく衝突している。

三つの色彩、三つの「わたし」

ベッドの上には、3着のベビードールが並んでいる。どれも彼女が店で「ここぞという時のため」に密かに選んでおいた、最高級のシルクとレースの逸品だ。

ホワイト:無垢という名の「計算」への恐怖

まず指が触れたのは、純白のホワイトだった。
リバーレースをふんだんに使い、朝露を纏った花びらのような透明感がある。ショップの店員としては「初めての夜には、この清潔感こそが王道」だと確信している。

(でも、これじゃあ『狙いすぎ』じゃないかな……?)

美結の悪い癖である「一人反省会」が始まる。白を選んだ自分を鏡で見て、もし彼が「25歳にもなって、そんなに純粋なふりをするの?」なんて思ったら? 自信のなさが、まだ見ぬ彼の視線を勝手に捏造し、期待と高揚を不安へと塗り替えていく。

ブラック:大人の余裕という名の「武装」

次に視線を移したのは、艶やかなブラックだ。
肌を最も白く、そして官能的に見せる色。アパレルやランジェリーの世界に身を置く者として、黒は最も信頼できる「武装」であることを知っている。

(これなら、私の体型の欠点も隠してくれる。でも……)

もし、彼がこの黒を見て「すごく慣れているんだな」と誤解したらどうしよう。本当は心臓が口から飛び出しそうなほど緊張しているのに、色の力で余裕を演じて、そのまま自分の本心が伝わらないまま夜が終わってしまうのではないか。臆病な心は、黒の強さにさえ怯えてしまう。

レッド:剥き出しの「期待」という熱情

最後に残ったのは、情熱的なレッドだった。
深みのあるルビーのような赤は、今の美結の胸の内に宿る小さな熱そのものだ。この色を選ぶことは、彼を求めている自分、彼に触れられたいと願う自分を、すべて肯定することと同義だった。

(こんな色を選んだら、私の期待が大きすぎること、全部バレちゃう……)

「自信がないのに期待は大きい」という矛盾した性格が、美結を追い詰める。赤という色が放つエネルギーに、今の自分の心が耐えられない気がして、彼女はシーツの上に力なく突っ伏した。

終わらない夜のループ

ふと、サイドテーブルでスマホが震えたような気がした。
美結は弾かれたように手を伸ばし、画面を確認する。通知はない。これで何度目だろう。彼からの連絡を待っているわけではない。ただ、この静寂と、答えの出ない葛藤から逃げ出したくて、無意識にデバイスに縋ってしまうのだ。

「職業柄、答えはわかってるはずなのに……」

客観的に見れば、どの色を選んでも、彼はきっと喜んでくれる。そう自分に言い聞かせても、不安と高揚がぐるぐると回り続ける。夏の夜の匂いが、窓の隙間から入り込み、彼女の首筋にじっとりと張り付く。

どれも違う「わたし」。でも、どれも彼に見せたい「わたし」。
選べないのは、それだけ彼を大切に想っている証拠なのだ。
もし彼がこの部屋にいたら? 彼の描写を一切しないまま、美結はただその存在の気配だけを想像し、胸を熱くさせる。

揺らぎが導く、明日の答え

結局、夜が更けても3着の布はベッドに並んだままだ。
ホワイトの無垢、ブラックの矜持、レッドの渇望。
その間を揺れ動く美結の心こそが、25歳の夏、初めての夜を前にした少女のような残酷なまでの純粋さだった。

「……明日、この部屋を出る直前の自分に任せよう」

美結は小さく呟き、窓の外の暗闇を見つめた。
遠くで鳴る夏の虫の声が、彼女の緊張を優しく包み込んでいく。
色を選べない夜。それは、世界で一番贅沢で、そして切ない「前夜」の過ごし方なのかもしれない。

物語の続きは、まだ誰の色にも染まっていない。


美結が悩んでいたベビードール。

やわらかなホワイトのレースとメッシュが揺れる、フラワーモチーフ付きベビードールを着用した女性のイメージ

Quiet White Babydoll

静寂のヴェール

フリルデザインのブラックベビードールを着用した女性が、柔らかな光の中で佇むイメージ

Violet Black Babydoll

黒の余韻

ベロア素材の赤いベビードールを身にまとい、テーブルの前で優雅に立つ女性。深みのあるバーガンディが大人の魅力を引き立てる。

Quiet Red Babydoll

魅惑のバーガンディ

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