《 第1章 雪乃 空白の白 前編 》

冬、静かに終わった関係のあと、雪乃の心には小さな空白が残っていた。
——その空白に、真っ白なベビードールがそっと灯りをともす。

彼氏との関係が静かに薄れていった冬。

クリスマス前夜に交わした
たった一行のメッセージが、
雪乃の心に小さな空白をつくった。

眠れない夜。
ふと目に留まったのは、
やわらかく揺れる“白いベビードール”。

派手でも刺激的でもない。
それなのに、その白だけが
空白の奥でそっと体温を灯した。

久しぶりに心が動いた夜のこと。

——その“空白の白”が、雪乃をそっと動かしていく物語。

静かにほどけていく夜

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12月の風は、
冷たさよりも先に、
静けさを運んでくる。

ここ数ヶ月、
雪乃と彼氏の関係はゆっくりと薄れていった。

メッセージのやり取りは、
いつのまにか“会話”ではなく
“事務的な報告”みたいになっていた。

「おはよう」

「仕事終わった」

「今日は疲れた」

そのどれもが、
どこか遠くから届くような言葉だった。
既読がついても返事は遅く、
返ってきても、
雪乃の心はもうあまり動いていなかった。

会う約束は“また今度”のまま、
何度も流れていった。

悲しいわけではない。
怒っているわけでもない。

ただ、
胸の奥が少しずつ、
音のない部屋みたいになっていった。

12月の街は、
クリスマスの光で騒がしい。

SNSには、
イルミネーションや笑顔の写真が流れ、
友達の予定は埋まっていく。

でも雪乃のカレンダーには、
どこにも色がなかった。

クリスマス前の夜、
帰り道の風が指先に刺さるように冷たかった。

部屋に戻り、
コートを脱ぎ、
灯りをつけた瞬間、
部屋の静けさが胸にしみた。

暖房の音だけが、かすかに生きている。

ふいに、
胸の奥で言葉が生まれた。

——このままでいいのかな。

大きな声ではない。
でも確かに、雪乃の心に触れた。

勇気を出して、
彼にメッセージを書いた。

書いて、消して。
また書いて、消して。

ようやく残ったのは、
小さな息のような一文。

「少し、距離を置こうか。」

返事は短かった。

「うん、わかった。」

それだけの言葉が、
雪のように静かに積もっていった。

泣きはしなかった。
涙が出るほどの痛みではない。

ただ、
心がふっと空白になった。

その夜、眠れずに
雪乃はスマホを何度も開いた。

指先に伝わる画面の冷たさが、
夜の孤独を増幅させるようだった。

白い空白だけを残したまま、
静かな年末がゆっくりと深まっていった。

雪乃は眠れず、布団の中でスマホを何度も開いた。
指先に触れる画面は、ひんやりと冷たい。
その冷たさが、逆に
“ひとりの夜”をはっきりと意識させた。

ふと流れてきたひとつの投稿が、指を止めた。

画面いっぱいに、
やわらかな白が揺れている。

白いベビードールのシルエット。
サテンのひだが光をまとい、
静かな夜にだけ見える微かな輝きを放っていた。

それは派手でも、刺激的でもない。
むしろ雪乃の“空白”にそっと触れる、
傷つかないやさしさを持った白だった。

動画のテロップには、
静かに流れるような短い言葉。

——「夜を守る白」。

雪乃はその言葉を何度も読み返した。
胸の奥のどこかが、きゅっと温かくなる。

それは “欲しい” という気持ちとは少し違う。
でも、
ずっと冷えていた場所に
かすかな体温が灯るような、
そんな感覚だった。

向こう側の光に触れたくて、
雪乃はそっとプロフィールを開いた。

白、桜色、薄紫、黒、淡い青。
いろんな色のベビードールが並んでいた。

どれも静かで、
誰かの夜をやさしく包むような佇まい。

画像を見ているうちに、
雪乃は自分の呼吸がゆっくりと整っていくのを感じた。

——ああ、わたし、ずっとこういうものを求めていたのかも。

買うつもりなんてなかった。
ただ、眺めていたかった。

白い光の余韻が、
心の奥に小さな輪郭をつくっていた。

それが何なのか、
雪乃はまだ知らない。

ただ、久しぶりに、
“自分の心が動いた”ことだけは分かった。

その小さな温度に包まれるように、
雪乃は静かに眠りについた。

▶ 第1章 雪乃 空白の白 後編 を読む


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