《 第3章 紫苑 内なる思い 後編 》

雨の季節、紫苑は音と湿度の中で、本とともに過ごしながら、心がほどけていくのを感じていた。
——曇初夏から梅雨へ、静かに続く日常。
初夏の賑やかな空気に息苦しさを感じる。――紫苑の5月を描いた前編はこちら →

図書館で働く紫苑は、
雨音を聞きながら静かに本を読む時間を好む。

人との会話は得意ではなく、
仕事でも淡々と応対している。

ある日、利用者の男性から自分宛ての手紙を渡され戸惑うが、
そのまま胸にしまう。

帰宅後はお風呂と読書、
そしてベビードールに着替えることで、
心を落ち着かせながら静かな夜を過ごしていく。

物語を読む

雨の音は、好き。

はっきりした理由は、わからない。

ただ、静かに滴る雨音は、
なぜか、心が落ち着く。

窓際に座って、
雨の音を聞きながら、
本を読む。

たまに、窓の外を見ると、
グレーな景色が、
いっそう、本に集中できる。

雨の日に本を読むと、
時間を忘れる。

本を読むときは、
だいたい、家で読む。

喫茶店にはいかない。

人の声が気になって、
本に集中できない。

図書館では、
いつも通り、受付に座る。

図書館では、
いろんな人に、声をかけられる。

本の場所を聞かれたり、
返却の仕方を聞かれたり。

ときどき、
「よく本を読むんですか」
と聞かれる。

そういうときは、
「あ、はい」と言って、
短く、うなずく。

それ以上、
話が続かないように、
目線を、本に戻す。

こういうときもある。

「この本、もう出てますよね」

画面を確認して、
首を、横に振る。

まだ、
入っていなかった。

相手は、
少しだけ、間を置く。

「……そうですか」

それだけ言って、
去っていく。

胸の奥で、
ほんの少し、何かが沈む。

こんなこともあった。

本の貸し出し手続きのあと、
男性が、帰り際に、
一通の手紙を、
カウンターに置いていった。

封書には、
私の名前が、書いてあった。

その場で、
返そうとしたけれど、
男性は、足早に、去っていく。

一瞬、
どうすればいいのか、
わからなくなる。

次に来たときに、
返そうと思って、
封は、開けないまま、
ポケットにしまった。

その男性は、
まだ、現れていない。

昼になると、
食堂へ行く。

いつもの隅の席。

お弁当を広げて、
本を開く。

今日のおかずは、
冷凍ハンバーグと、
ソーセージ。

それと、
ポテトサラダに、
ミニトマト。

今日は誰にも声をかけられずに、
お弁当を食べた。

少し、
ほっとした。

家に帰ると、
お風呂に入って、
外の空気を、洗い落とす。

ぬるま湯に浸かりながら、
短い小説を読む。

谷崎潤一郎の、
『秘密』。

何度も、読み返している話。

お風呂から上がると、
いつも、ベビードールに着替える。

ふんわりとした肌触りに、
体の力が、少し抜ける。

家の中では、
だいたい、この格好。

もっと動きやすい部屋着もあるけれど、
結局、これに戻ってくる。

理由は、わからない。

でも、
ベビードールを一枚、
羽織るだけで、
気持ちが、
静かになる。

今日も、
ベッドで横になりながら、

昨日の続きの本を読む。

あしたも、
いつも通り、 図書館へ行けそうだ。

▶ 第3章 紫苑 内なる思い 前編 を読む


紫苑がお風呂上りに着替えたベビードール。

フリルが胸元をやさしく包むパープルカラーのベビードールを着用したモデルの正面スタイル

Quiet Violet Babydoll

思考をほどく紫

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